あなたの作ったゲームが遊ばれない理由

LINEで送る
Pocket

こんにちは。皆さん、作ってますか。進捗どうですか?

僕はダメ。

 

さて、ゲーム開発者にとって、DL数・プレイ回数ってのは死活問題だ。

明確な評価の基準がない創作において、数値がはっきり出る数少ない要素だからだ。

どんなに講釈を垂れたところで、DL数100にも満たないゲームばかり生み出す作者の創作論は、机上にすら乗らせてもらえない空論以前の戯言にすぎないし、100万回遊ばれたゲーム作者の一言にはとんでもない価値が生まれる。

 

……というのは大げさな話だが、自身の創作が世間から肯定されているかどうかの指標として捉える人もいるし、承認欲求の糧にする人もいるし、売上の予測に使う人もいるのは事実だ。

ここでは、有料無料を問わず、個人ゲーム開発者として活動している人向けに、あなたの作った渾身の力作が遊ばれない理由と対策を書いていきたい。

 

 

 

 

理由1:運が悪かった

1つ目から身も蓋もないことを言うが、個人に限らずゲームのヒットなんてものは所詮運である。

正確には、基本はヒットしないもので、稀に運が良ければ評価されると思ったほうがいい。

もちろん、成功の確率を高める方法はあるし、それらを取り入れ改善を重ねている人のほうがヒットしやすいが、それでも確実に評価されるものを作るのは、プロでもほとんどいない。

 

僕は一度、ニコニコ動画のトップ画面で公式から紹介されるようなゲームを作ったことや、入賞して雑誌に掲載されるようなゲームを作ったことがあるが、毎回それをやれるかと言われたら絶対に無理だし、成功した明確な理由は今でも分からない。

 

 

創作論は、成功した後から「あれが功を奏したのかな?」と結果論で推測していくのが手一杯で、そう何度もヒットを飛ばせるものではない。

数を競う戦いにおいて、必勝法があった時点で成り立たなくなるものだ。

ゲームで遊ぶ人数には限りがある以上、牌の奪い合いでいつ自分に光が差すかなんて、神のみぞ知るところである。

 

▲成功確率を高める施策は数あれど、それが有効手になるかは結局「運」である

 

 

そんな運ゲーの勝率を高めるとしたら、とにかく数をこなすこと。

何年も構想を練って渾身の力作を世に放つより、数撃ちゃ当たるで小規模なゲームを作り続け、当たったものから学んでいくほうが現実的。

僕の一番のヒット作も、3日で作り上げた短編だ。

とはいえ、完璧主義が染み付いた僕のような人間には、フットワークを軽くすることこそ一番の難関だったりもするが。

 

対策:数をこなす

 

 

 

 

理由2:見た目がショボい

特にフリゲやアプリで見られる現象だが、とにかくゲームの外装がショボい。ショボすぎる。

UIもフォントも10年前から進歩していないものがちらほら見受けられる。

高級紙芝居と揶揄されるほど進歩しないエロゲですら、時代に合わせてキレイなゲームになるよう努めているというのに、未だに月姫かひぐらしレベルの立ち絵やUIのゲームが実在する。

 

Back in 1995のような、あえて当時の古めかしさを表現することで評価を得たゲームもあるが、レトロとショボいは完全に別物である。

ゲームは、まずグラフィックで興味を持ち、プログラムで熱狂し、サウンドで記憶に残るなんてツイートも見たことがあるが、遊び手の目もどんどん肥えている。

見た目がショボいと、それだけでクソゲーフィルターに引っかかり、あなたのゲームは視界に写っていても脳が認識せず遊ぶ候補にすら入らない事態に陥る。

 

「ゲームはグラフィックだけじゃない」という言葉は、「グラフィック以外にも凝るべきである」という意味であり、手を抜いていい言い訳に使っているうちは無視され続けるだろう。

今や、見た目が豪華なゲームはフリゲですらわんさかある。見た目にこだわって初めて同じ土俵に立てる時代になっているのだ。

 

絵が描ける人はもちろんその恩恵にあずかればいいが、そうでない場合はフリー素材を漁ったり、場合によっては絵の依頼を検討する。

また、豪華な絵を用意できないなら、あえてそれを用意しなくていい仕様へ持ち込むのも、手段の1つだ。

かまいたちの夜に立ち絵がついて非難轟々だったことを考えると、企画次第で絵の技術をどう補うかが見えてくる。

フロム・ソフトウェアも、アーマードコアでは一切人の顔が表示されず、音声だけでキャラクターを会話させる作風が評価されている。

 

対策:絵を豪華にするか、豪華な絵を用意しなくていい仕様を考える

   ショボい絵ならいっそ使わない

 

 

 

 

理由3:数字に取り憑かれており、プレイヤーを見失っている

よくいるので書いておく。

公開した作品のDL数・プレイ数を確認できるサイトはたくさんあるが、その数値で分析を始めたがる人がいる。

 

よく見られるのが、ふりーむでのDL数グラフ分析。

「なんか僕の(私の)作品が、昨日だけめっちゃDLされてるんだけど!なんで!?」

と、グラフ付きの画像でツイートしている。

確かにその日だけ、グラフが異様なまでにとんがっており、翌日以降はまた平常値に戻っている。

よく見てみるとツッコミどころ満載で、いつも1日0回だったのが5回に増えただけのことだったりする。

 

冷静になれば誰でも分かることだが、5回なんてグラフにするのも馬鹿馬鹿しいほどの誤差であり、ただの運だ。

他にも、割合を計算してあーでもないこーでもないと悩んでいたりするが、割合の元となる数値が少なすぎて考察に値しない。

 

データの分析はもっと数が増えてからやることだ。数が少ないほど分析の精度が悪くなる。100件にも満たないTwitterアンケート結果など参考にしないこと。

 

 

それでもやめられない人は、自分のゲームを遊んでいるプレイヤーが全く眼中に無いのだ。

一人でブツクサ数字に語りかけながら、誰に向けたわけでもない怪作を生み出し続けているだけで、気味が悪い。

 

創作の動機には色々ある。そのどれも、否定したいわけじゃない。

だが、誰かに評価される作品は、誰かのために作られているものだ。それは個人かもしれないし、「こういう好みを持った人」と言ったカテゴライズかもしれない。

あなたの作品は、どうだろうか。そのゲームを手に取った人がどんな人で、どんな想いでそのゲームを遊ぶことになるか、想像できているだろうか。

 

▲あなたのゲームは、誰にどんな気持ちで遊んでほしいのか

 

 

DL数10000回を目指す! それはもちろん立派なことだ。僕にもそういう目標はある。

が、それは「DL数10000回」という個人プレイヤーに気に入られるわけではなく、1人という人間に興味を持たれた結果、それが10000回という数値として現れたということだ。

DL数10回であれば、10人があなたのゲームに興味を持ってダウンロードしてくれたわけだ。

人間1人1人の感情が刺激された結果であるという大前提を見失うと、雲をつかむようなふわふわした「大衆への評価」に囚われてしまい、一番大切な「遊んでくれた個人への感謝」を見落としてしまう。

 

なんだか当たり前のことに字面を割いてしまったが、意外にも遊んでくれたプレイヤーを数としてしか見られない、哀れな作者は存在する。

その場合、興味を持たれない以前に、その失礼な態度から敵をどんどん増やしてしまうのだが、恐らく自分の首を絞めすぎて窒息死してもそれに気づくことはない。

 

あなたのゲームを手に取り、遊び、面白かったねと言ってもらえる。ゲームクリエイター冥利に尽きるってものだ。

一体誰にそれを言わせたいのか。男性か女性か、大人か子供か。ターゲット層を定めろと言うことだが、もっとシンプルに、誰を楽しませたいか考えてみよう。

特にフリゲの場合、多くは「自分と好みや価値観がカブる人間」だが、ターゲットを意識すれば、きっとあなたの同士が興味を持って手に取り、評価してくれるだろう。

 

対策:数の分析はヒットしてからやる

   誰のために作っているか、ターゲットを明確にする

   遊んでいるのは1人の人間であることを忘れない

 

 

 

理由4:宣伝していない

これはもう聞き飽きたかもしれない。

宣伝していないゲームがヒットすることはほぼ無い。

 

面白いゲームを作れば、宣伝せずとも口コミで広がるという夢を抱いているかもしれないが、もはやその口コミを広げる人の獲得に苦労する時代なのだ。

自分の部屋に、自分が描いた素晴らしい絵を飾ったところで、その絵見たさに長蛇の列ができるはずがない。

 

もしあなたが「宣伝に頼ったら負けだ」と考えているとしたら、むしろ負けているのはあなたのほうだ。

今はコンテンツが飽和しており、供給者はみな、自分の作品が少しでも手に取ってもらえるよう、あの手この手で宣伝をしている。

創意工夫を凝らすこともあれば、泥臭くお願いして回る場合もあるが、周囲の数多の作者がそうやっている中、一人あぐらをかいて遊んでくれる人を静かに待つ人の元に、誰が訪れるというのか。

 

もう一度言う。宣伝に頼ったら負けだと思っている時点で、負け癖が染み付いている。ただの怠慢にすぎない。

どう宣伝したらいいか分からない! という方は、僕が過去記事で詳しく解説しているので、参考にしてみてほしい。

過去記事:フリゲのDL数を少しでも伸ばす3つの方法

 

 

対策:宣伝する

 

まとめ

 

後半は何やらマインドの話になってしまったが、創作は思っている以上に意識改革が大事な業界だと思う。

モチベーションに左右されやすいし、抱いている感情次第で完成物も変わってしまう。

 

本末転倒なことを言うと、数字や手段に囚われているうちは、数を伸ばすのは難しい。(数に「囚われる」のがポイントだ。戦略として、数を意識して算段を立てるのは悪いことではない)

伝えたい相手・人物像に全力で創作し、恥じることなくそれを宣伝できた時、成功した後で数を振り返ることになるだろう。

 

最後に、ずいぶん上から目線で「成功しないのはお前のせい」みたいな印象を与える記事になってしまったけど、繰り返すように成功するかは最終的には「運」だと言うことを忘れずに。

成功に驕らず、失敗に落ち込まず、作り続けられる人になろう。僕もなりたい。

 

LINEで送る
Pocket